2007年3月4日、再び慈尊院を訪れる。日がかげる前に到着することができたけれど、時刻は既に16時。これから町石道にいどむのはいささか無理があるので、今回は慈尊院の周辺を散策することにした。災い転じて福となすというけれど、うまい具合に日がかげってくれたおかげで写真がきれいに撮れたように思う。こういうことはひとえに考え方次第だと思う。なるべく前向きかつ楽観的にまいりましょう。
前回と違って1本入った裏道を使って慈尊院にアプローチ。すると慈尊院の手前で赤い欄干の橋が見えてくる。橋の名前が「慈尊院橋」で川の名前は「慈尊院川」というようだ。この川はすぐそばを流れる紀ノ川に達して海に至る。門前には桃色の梅が8分くらいで咲いており春の訪れを感じさせる。とはいえまだまだ外気は冷たく、まもなく日が落ちるとグッと冷え込んでくるから油断はできない。
境内に入るとまずは時計回りに1周する。弘法大師堂をすぎて本堂に噴水にお大師さんとゴンの石像に・・・という具合である。夕刻が迫ると時を同じくするように人影がまばらになっているので、ゆっくりと散策することができた。そうそう、それから丹生官省府神社に至る階段の向こうに多宝塔が見えてくる。夕日を背景にしているので写真を撮りにくいことこのうえないけれど、太陽を背負ったシルエットはなかなかに美しいものがある。
丹生官省府神社へ至る階段を上る。途中に石造りの鳥居がある。前々から思っていたのだが、鳥居の上に石がたくさん乗っているのはなぜだろうか。誰かが投げているに違いないのだが、はたしてその理由は。子供なら遊びだと思うのだが、他の神社で大人が投げているのを見たことがあるので他の理由があるのかもしれない。ローマの著名なトレビの泉みたいな目的があるのかもしれない。さて、丹生官省府神社の鳥居にも石が乗っていました。苔と石の取り合わせを見るにつけ、随分昔から乗っているものかもしれない。わりとキレイなので石段の途中で(滑り落ちないように注意して)振り返ってみると良いでしょう。
前回訪問した際にうっかりチェックしそこねたのだけど、神社の前に大きな絵馬が設置してある。一見するとお大師さんと猟師がなにやら話をしている様子がうかがえる。今回はそれを忘れずにチェックしてきた。絵馬のキャプションには「狩場明神」と「空海」の出会いの図という意味のことが書いてある。これは高野山開闢にともなうエピソードのようだ。なるほど地元の神様に導かれてお大師さんは高野山を開かれたんだなと知る。私も地元ですが、なぜか今まで知りませんでした。
神社の境内から179町石まで下りて右手に下る道をたどる。夏に歩くとひんやりして気持ちよさそうな道だ。今は少し寒いのでそういった情緒を味わうには尚早かもしれないが。そのまま下ると慈尊院の外塀が見えてくる。泥と瓦を多層的に積み上げた壁である。古いお寺でよく見かけるタイプの塀。私はこの壁がわりと好きである。ここで外壁越しに多宝塔を写真におさめる。夕日さまさまの写真が撮れたと思う。人智よりも自然のほうが強いですね、これは。
前回の「第1回散策」に比べると「第2回」は圧倒的に短い散策だった。町石道に気が向くあまり手薄になりがちな慈尊院まわりをグルりと回れたので収穫はあったと思う。繰り返しになるが、またまた考え方次第なのである。ともあれ次回は町石道にいどみたいと思う。今度はとりあえず展望台あたりまでは行ってみたいと思う。桜の季節に登ることができるとよいのだが。