世界遺産「高野山町石道」を自走式に散策した「自走式記録」を淡々かつ粛々と記録するページ。記録は雄弁である必要はない。いやむしろ寡黙なほうが記録の本質としてのスゴミが発揮されるのではないだろうか。そういう意味では地震波を毎日24時間休みなく記録する機械はエライと思う。彼ら(彼女ら)のスゴミは、蓄積されたデータ量に比例するのだから。
と書いておきながら、もっとも冗長なのが管理人自身であるという客観的な事実を無意識のうちの把握してしまう(できてしまう)のは幸か不幸なのか。